| 天使の才能(前編) 「天使になって下さい、だって？」 目の前の男の言葉を、僕はそのまま繰り返した。 男はゆっくりと頷き、文字通りこの世の者ではない美しさを持つその顔に 微笑みを浮かべながらこう言った。 「あなたが適任なのです」 ある夜、僕は死んだ。 どうやってそうなったかは覚えていないが、体を離れ夜空をふわふわ漂っている所を この男が見つけ、ここ−白くて何もないこの空間−に連れてこられたそうだ。 「もちろん、生まれ変わりまでの期間をどう過ごすかはあなたの自由です。 よく考えて決めて頂ければいいのですが、我々としては・・」 「ちょっと待ってください」 どうもよくわからなかった。 自分が死んでしまっていることは自覚している。こうして意識を保てていることは驚きに値するが・・・ 天使の事はよく知らないが、天の使いというからには人間よりはるかに完成された存在であるはずだ。それがなぜ僕なのだろう？ 無神経な行動で人を傷つけたり、好きな人に対しては気持ちを聞くこともできず、 迷惑を掛けていることも知らず勝手に勘違いをして一人で調子に乗って困らせたりする。 僕はそんな未熟な人間だ。 「あなたの思っているような天使は、我々よりさらに上の存在です。残念ながら私も彼らには直接会ったことはないのです。我々の仕事は、彼ら上級天使の指示に従って地上・・・とあなたがたが呼んでいる・・・の魂を誘導することです。まあ、言ってみれば彼らの部下、ということになりますか」 男は、僕の心を読んでそう言った。 同時に、荷物の配送業務のようなものです。という言葉とともにイメージが伝わってきた。なるほど、ここではもう声に出して伝える必要はないのか。 でも僕は、決意をあえて言葉に出してみることにした。 「ひとつ質問があります」 「はい」 「羽は・・・生やさないといけないんでしょうか？」 ・・・ 天使の仕事は、悪くは無かった。 毎日いろんな場所に行き、生をまっとうした魂を回収し、新たな体へと送り届ける。 空も飛べるし、姿も自由に変えることができる。羽も別に意味は無く、趣味で付けてる人が多いんだそうだ。美形が多いのも、たまに出会う人間に嫌悪感を抱かせないためだという。 ただ、純粋に自分のためにその力を使うことは出来ない。 あの男−名前はあるのだが、ここには書けない。やっぱり天使っぽい名前だった−に教えてもらった事だが、天使の才能というのは、実は魂にプログラムされた利他的形質。 つまり、利己的行動に関しては著しく能力が制限されるという性質を持っているということらしい。自分のために何か行動しようとすると五感は鈍り、自然との同調も途切れてしまい、運が悪くなると感じる。僕にはその心当たりがありすぎてそれを聞いたとき思わず苦笑してしまった。 もともと人間には皆その傾向はあるのだが、中でもその性質を強く持つものが発見されると、僕のように天使として選ばれる。特にこの地方は最近天使不足なのだそうだ。 ・・・なんかあまりありがたくない才能だ。 なぜこの性質が必要なのかは、魂の回収という仕事に由来する。 魂はもともと物質ではないので、リュックに背負って運ぶという訳には行かず、自分と融合させて共に移動することになる。天使としての力の大きさは魂の量に比例して大きくなってゆくため、吸収しまくった強力な力を自分のために使われてはたまったものではない。 人間だった頃は、物事うまくいかない、と嘆くだけでよかったこの性質だが、天使にとっては自然界とのリンクが切れる＝存在の消滅であるため、悪用される恐れはないと言うわけだ。 それからしばらくして仕事にも慣れてきた頃、僕はある光景を目にすることになる。 「あれは・・・僕？」 |